世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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少女監禁事件:ゲームが影響を与えたなら胸を張れっ!

アダルトゲーム1千点押収 「調教もの」動機か(Yahoo!ニュース:共同通信)

容疑者の自宅から、案の定、「調教もの」と呼ばれるものを含む多数のアダルトゲームが押収された件について。

ワイドショーとか見ていないので知らないですけど、世間ではおそらく「ゲームが原因で」といった論調で報道されているのではないかと想像します。
それに対してネットでは、ゲーム愛好家たちが反発の声を発しているわけですが・・・。

その声の多くに、ぼくとしてはあまり共感できないんですよね。
ぼくだってゲームを愛する者のひとりではありますが。

たとえば、「じゃあ、推理小説好きは殺人嗜好があるのかよ?」といった反論。
この反論はざっと見ただけでもいくつかのブログで目にしましたが、ゲームを弁護するのに、推理小説を持ち出してもあまり意味がないと思うんですよね。

推理小説好きは、『推理』を楽しんでいるのであって『殺人』を楽しんでいるわけじゃないからね。
それに対して『調教ゲーム』は、『調教』を楽しんでいるわけですよね?
これがたとえば、脱衣麻雀のご褒美に調教シーンが表示されるとか言うのであれば、「いや、調教はオマケで、あくまでゲームを楽しんでいるんですよ」という反論もまだ説得力がありますけど。

そもそも、映画や小説に対するゲームの優位性を語る際に、「ゲームはプレイヤーが操作することで、没入感や感情移入度が高まる」なんてことをゲーム側の人間は言う。
事実、小説に起こせばさほどでもないストーリーにも、ゲームとして体験することで感動させられることもしばしばです。

そのくせ、ゲームの悪影響がとりだたされたときには、「いや、ゲームも映画や小説と同じです。小説が悪影響を与えますか?」などと主張するのは、少々ずるい。
ゲームが他メディアよりも強い力を持つのであれば、それは誇るべきことであり、と同時に、ゲーム側の人間はその力に対して自覚的でなければならないと思う。

実験すればたぶん明らかになると思うんだけど、おそらく『調教小説』よりも『調教ゲーム』のほうが受け手に与える刺激は強いだろうと思う。
だったら、それはそれでいいじゃない。
ゲーム好きなら、ゲームがそれほどの影響力を持つこと、そのことは胸張って認めていいじゃないか──って思うんですよね。
(もし実験して、そんなことはないよという結果が出れば、それはそれでちょっとガッカリ)

「ゲームは無害です」って主張じゃ、世間にはたぶん届かない。
それは「有害です」って主張がぼくらに届かないのと同じで、単なる裏返しでしかない。
だからもっとこう、ゲームを清濁混沌としたものとして、その中の「清」をアピールするのがゲーム側の人間のやるべきことだと思うのです。
それには、ゲームの「濁」の面を、ゲーム側の人間がきちんと自覚して位置付けて行かないと。
「ゲームはなにも悪くないもん!」っていうのでは、ちょっと愛が先走りすぎ。


・・・とまぁ、ここからが本番!となるつもりが、この段階ですでに結構な分量になってしまいましたので、残りは次回、折を見てってことで。
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by kude104 | 2005-05-13 21:07 | ゲーム