世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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mixiにおける『貨幣経済』的コミュニケーション

またまたmixiネタで、興味のない方には申し訳ない。
やっぱり、mixiという『システム』は考えれば考えるほど興味深いもので。

mixiへの批判に対して「それはmixiに限ったことではない」という反論は、おそらく正しい。
前回紹介したmixiに気をつけろ!(吉村智樹の原宿キッス~うれしはずかしな日々~)に対しても、そういう反論が多く見られる。

それはその通りで、ぼくもそう思う。
でも。
喩えるなら、「三丁目の交差点は事故が多い」という話に対して、「事故はどこでも起きる。三丁目に限らない」と反論されると、「それはそうだけど・・・」と話はそれで終っちゃうんで。

見通しが悪いからか、信号がないからか。
個々の要因は「ありふれたもの」でも、その組み合わせが「三丁目ならでは」の現象を産み出しているということもあるやもしれず。

また、mixiでいえばそれ以外にも、表向きには「紹介制で安心」というイメージを醸し出しながら、内では「mixiに限らない問題」が発生している。
そのギャップに対して、声高に警鐘を鳴らす人がいてもいいとぼくは思う。
過剰は過剰なんだろうけど、現実問題としてmixi内の多くの人は余りにも無防備なんで、ショック療法くらいでバランス的にちょうどいいんじゃないかな。

ぼく個人としては、mixiの善い悪いにあまり興味はありません。
mixiの善い悪いは、結局のところ、使う人次第ってことになると思うので。
そうではなく、ぼくの興味は、mixiの何が人間の何を刺激し、どういう現象を引き起こすのか?というところにあります。
使う人次第の、「次第」の部分に興味がある。

その点で興味深いのは、やはりまずは、mixiの『マイミク』や『あしあと』です。
見ようによっては、どちらもmixi内での交友関係の豊かさ・親密度を視覚化するシステムと捉えることができます。
(もちろん、普通の人はそんなふうに捉えないですけどね)

知らない人のために簡単に説明すると。
『マイミク』は、mixiユーザを自分の“友達”として認定する機能。
マイミクが多い人は人気者に映るし、逆に1人(最低人数です)だとけっこう寂しく映る。
『あしあと』は、名前が残るアクセスカウンター。
「何人」という数だけのカウンターではなく、「誰」がどのくらいの頻度で自分のところに来ているかが分かる。

で、このふたつがもたらすものを、『お金』になぞらえて考えてみようというのが今回のテーマ。

お金って、もともとは物々交換の際の“中間物”です。
物を直接持ち運んでやり取りするのは大変なので、いったん『お金』というモノに置き換えて、それを仲介に物々交換をする。
主役というか、価値の主体はあくまでも交換される物と物だったはずが──いまやどうなっているかは、言うまでもないでしょう。

で、この『お金』がもたらしたものとして・・・。

まず、物の価値を視覚化した。
一万円という値が付けられることで、その物は一万円の価値を持つ。
言い方を変えれば、物の価値を、万人に共通の数値データとして明示することが可能になった。

そして、貯蓄を可能にした。
物は、物理的にそれほど貯蓄できない。
自分のテリトリーに置けるだけしか置けないし、食べ物なんかだと腐ってしまう。

ですから、物の貯蓄は、当面生活に困らないだけあればいいという発想になる。
初めから貯められないのだから、まず「貯めよう」という発想自体が湧かない。
でも、お金は際限なく貯めることができる。
となると、際限なく貯めたくなるよね。

何が欲しいというわけではなく、お金が欲しい。
何に使うでもなく、お金を貯めること自体が目的になる。
お金を貯めていないと不安で、お金があると安心する。
──言うなれば、お金依存症です。

さあ、これをmixiに置き換えてみましょう。

『マイミク』や『あしあと』はコミュニケーションの“中間物”です。
価値の主体があくまでコミュニケーションにある間はいい。

でも、『マイミク』や『あしあと』は交友関係の豊かさ・親密度を視覚化する。
現実世界で、友達が何人いて、どのくらいの頻度でどんなコミュニケーションをしているかなんてことは、普通意識しない。
でも、mixi内では、それらは客観的データとして意識可能です。
言うなれば、mixi内では交友関係を貯蓄できる。

もちろん、本当に大切なものは、そんなデータに現れない部分にある。
それはお金でも同じことです。
だから、お金と同じく、それで価値を測り、“貯める”ことそのものが目的となる人が現れるのは充分に考えられる。

当面あるだけのコミュニケーションでは満足できない。
『マイミク』や『あしあと』がないと不安で、あると安心する。
これが、言うなれば『mixi依存症』なんじゃないだろうか。

つまりmixiって、交友関係に『貨幣経済』めいた概念をもたらすシステム・・・になる可能性を秘めているのではないか?
もちろん、大げさに言えばの話ですけど。

な~んていう話はどうでしょう、面白くないですか。
ぼくはmixiのこういうところが面白いんですよね。
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by kude104 | 2005-04-23 19:44 | PC&ネット