世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

ネット上の議論に意味はあるのか?という問い

少し前から感じている疑問なんですが、ネット上での議論というものに、なにがしかの意味はあるのだろうか?と。
(議論と言ってもいろいろありますが、ここでは対立する者同士の議論ということで)
ネット上に限らず一般社会でも成り立つ疑問かもしれませんが、一般社会での議論はネットと違ってログが残らないので、あまり表面化しない気がします。

なんというか、正反対に近い異なる意見の二人がいたとき、ネット上の議論で相互理解に達した例をぼくはまだ見たことがありません。
いやまぁ、自分が見たことがないというだけで一般論のように語るのは愚かだというのは、重々承知しています。
ですから、これは単なる「問い立て」です。
結論づけるつもりはありません。

ブログのコメント欄で交わされる議論なんかを見ていてなんとなく感じるのは、人間って、他人の発言の一部分にピンポイントに反応する傾向にあるなぁということ。
ネットの場合、相手の発言を引用して述べるためでしょうか、全体を通して言わんとしていることについて論じるより、どうしても局所的な議論になっているように見受けられます。
揚げ足の取り合いというか水掛け論というか。

もともと人間って、自分と同じ意見を求める傾向にあるんじゃないかと思うのです。
反対意見を探して「なるほど、そういう見方があるのか」と思いたい人間よりも、自分と同じ意見を探して「そうそう」と共感したい人間のほうが圧倒的に多いんじゃないかと。
で、後者のひとは、自分と反対の意見に出会った瞬間にシャットアウトして去ってしまうか、あるいは「反論してやろう」という先入観のもとに文章を読むかの、どちらかなんじゃないだろうか。

「先入観のもとに読む」というと意識的に粗探しをするニュアンスですが、そういう場合だけに限らず、好意的でない精神状態で文章を読んでいると、ちょっとした言葉の使い方や論旨の隙に出会った瞬間に「ここ! 言っていること、おかしい!」と、そこでストップしてしまう。

当然、そういう人は全体を通して相手が何がいいたいのかを理解して、それに対して反論をすることはない。
ほとんどの場合、さして重要でも無さそうな局所的な部分に対して、でもそこが譲れないからアナタの意見は受けいられれないといった強い姿勢で反論する。
そういえば、ライブドアの堀江さんの発言に対する反論なんかも、そういうの多かったですよね。

で、そういうやり取りを見ていると、なんかもう不毛だなぁと思えてしまって。
永遠に分かり合えないだろう二人が、理解して欲しいと必死になって言葉を吐いている様子は、なんかもう徒労感にも似た切なさで。

結論めいたものは何もないんですが、「人と人とは、分かり合えないなぁ」という気持ちですね。
初めからある程度近い位置にいる者同士でもなければ、なんかもう絶望的なまでに分かり合えないのではないかとすら思えます。
少なくとも、掲示板やコメント欄といったネット上のシステムでは無理なんじゃないかなぁ。
[PR]
by kude104 | 2005-03-28 23:04 | PC&ネット