世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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個性個性というけれど

「競争は悪とする教育がニート助長」 中山文科相語る(asahi.com)

基本的に人間は、「働かなくても生きていけるのであれば働かない」生き物だと思うわけで。
もちろん中には、働くことが生き甲斐だという人もいらっしゃるだろうけど、世の中の大半の人は、「一生遊んで暮らせるカネがあれば、今の仕事なんて辞めてやる」と思いながらも、日々食べるために働いているのではなかろうか。

競争は悪とする教育がニートを助長しているという意見には、だからあまり共感しない。
教育によって改善できる部分が多少なりともあるとは思うけれど、それは競争の重要性を教えることではないように思います。

世間が競争社会であることは、教えてもらわなくったって、子供はすぐに気が付くでしょう。
思春期になれば誰しも、「頑張れば夢は必ず叶うなんてキレイごとだ」と一度は思うでしょ?
そのへんの建て前と現実とのギャップには、子供のほうが敏感な気がします。

ただ、そのギャップに最後まで上手く対応できなくてニートなどになって行く、その原因を教育に探すとするなら、むしろ「個性の教育」のほうじゃないでしょうか。
「ひとは誰でも素晴らしい個性を持っている」なんてことを言いますが、ぶっちゃけ、社会的に価値のある個性なんて、ごく限られた人間しか持ち得ていない。

個性というと、なにやら「特別な才能」とか「人より秀でたもの」といった意味合いで使われますが、個性とはそんな特別なものではなく、単にその人のありようがそのまま個性なんですよね。
「人より劣るもの」も個性なら、「個性がない」ことですら個性です。

『「人より劣るもの」も個性なら、「個性がない」ことですら個性です』と言われて、「欠点」や「平凡」を肯定する方向に考えた人は、個性マジックに囚われていますよ。
「個性なんてそれくらいしょーもないもんだ」という意味ですから。

だから、個性個性と言うのはおかしい。
だって、ことさら言わなくったって、個性なんて当たり前にあるんですから。
それを敢えて言うのは、「個性とは価値のあるもの」という変な価値観を持っているからに他なりません。
その価値観が、建て前と現実とのギャップへの対応を誤らせているように思います。

価値があるのは「個性」ではなく、「どういう人間であるか」「何を為したか」でしょう。
「社会的に価値のある個性」とは、「社会的に価値のある人の個性」に過ぎません。
個性に価値があるのではない、人に価値があるんです。

夢を諦めて現実的に生きるのも個性、現実を見ずに夢を追うのも個性、ニートも個性、過労死も個性、みんな個性。
個性なんてその程度なんだから、自分にとって価値があると思う生き方をすればいいんじゃないでしょうかね。
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by kude104 | 2005-03-11 22:40 | 時事・社会