世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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ぼくには超えられない・・・

拳銃くださいと交番に侵入 下田市で無職男を逮捕(Yahoo!ニュース:共同通信)

いつもなら失笑するニュースなんですが、切り込み隊長BLOGで容疑者と思われる人の日記サイト『宿命を超えて、自己を超えて』を知り、笑うに笑えなくなりました。

※本当に、この事件がこのサイト運営者によるものかどうか分かりませんので悪しからず。

ぼくには「自殺するやつの気がしれない」わけですが、このサイトにざっと目を通して、「なぜ」かは分からないけど「どのように」そこに至るのかは、少し分かったような気がします。

日記の初めの方では、文章からまだなにかしら生命力めいたものが感じられるのに、先に進むにしたがって、それがどんどん失われて行く。
じわじわと「選択肢」が狭められ、息苦しくなってくる感じ。
ある日あるとき、決定的な何かがあってそこに瞬間移動してしまうのではなく、向かうまい向かうまいと思いつつも、気がつけば引き寄せられるように一歩一歩そこに向かって歩を進めている感じ。

「嗚呼、この人は確かに、ここに辿りつく他なかったんだろうなぁ」と思えてしまう。
そんなふうに納得できてしまうことが、とても悲しく切ない。
ぼくらにとっての「救いのない結末」が、彼にとっての「救い」であるなら、ぼくらにいったい何ができるというのか。

今までは、自殺を思い留まらせることなんてわけないと思っている自分がいたけど、自惚れも甚だしかった。
これは無理だ。
もしかしたら一時の延命はできるかも知れないけど、救ってあげることなんてできやしない。
・・・そんな無力感というか、「自分の力が及ばない世界」を久々に痛感させられてしまいました。

とはいえ、「死にたいやつは死ねばいい」とまでは思えない。
もちろん死ぬのは本人の勝手なんだけど、「無事、死ねて良かったね」と思う気持ちにはなれない。
できることなら、こっちの世界で幸せになって欲しいなぁと思ってしまうのは、ある種の寂しさなんだろうか。

人は何のために生まれてくるのか?
ぼくは、人は幸せになるために生まれてくるんだと思いたい。
死ぬことでしか幸せになれない人生なんて、やっぱり悲しいよねぇ。

でもって、報じられる「犯行の動機」ですが。
「自殺したい。そのために拳銃が必要だった」なんていう供述の裏っかわに、こんなにも膨大なプロセスがあるんだなぁという、当たり前だけど気付かない真実を目の当たりにした気分です。
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by kude104 | 2005-02-21 22:12 | 時事・社会