世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カンフーハッスルで大ハッスル

昨日から引き続き、今日は『カンフーハッスル』の感想を具体的に書いてみましょう。
『少林サッカー』もそうでしたけど、『カンフーハッスル』の面白さというのは、つまるところ、観客の予想を大きく超える「大げさな表現」にあろうかと思います。

ベクトル表現で言えば、角度的にはわりに常識の範囲内に収まっているんですが、でも、長さが常識を大きく上回っている。
ぼくらの常識では「5」くらいが普通で、それを「10」に誇張して見せられたらビックリするところを、チャウ・シンチーは「50」くらいで見せてくる。

その「ありえねー」くらいの突き抜けっぷりがバカバカしくて面白いし、あまりにもスコーンと突き抜けるもんだから、感動すら覚えてしまいます。

で、この「50」に見せる作り方が、『カンフーハッスル』は実に見事です。
「強さのインフレ」と「イメージのギャップ」を実に上手く使っていますね。

あんなに強いヤツを倒したコイツはもっと強いんだけど、それをまたあっさりと倒したコイツはもっと強いことになり・・・といった具合に、強さがどんどんインフレしていきます。
カンフーアクションもそれに合わせて、初めは誇張を抑えたアクションから、強さがインフレするにしたがって、どんどん荒唐無稽なド派手ファイトになっていきます。

加えて、登場する達人がことごとく見た目普通のオッサンだったりするわけですよ。
強そうな人が強くても「いかにも」だけど、どう見ても弱そうな人がメチャクチャ強いとなると、そりゃもう絵的に「ありえねー」ギャップを生む。

この「強さのインフレ」を「イメージのギャップ」で繰り返すことで、観客が受ける「ぶっ飛び」具合が倍々ゲームのように膨れ上がっていくわけ。
これ、きっと計算してやっているんでしょうけど、実に巧妙です。

ひょっとすると、エグイ「暴力描写」も計算かも知れない。
倍々ゲームのように膨れ上がっていく「強さ」に説得力を持たせているのは、もしかしたら「暴力描写」のリアルさかもしれません。

・・・まぁ、こちらはきっと「計算してそうした」ものではないと思いますけど。
たぶん、「殺し合い」を描くのに「暴力描写」は当たり前でしょ?みたいな感じでしょうね。

というわけで、この映画をコメディーのつもりで観に行くと、ちょっと違うかもしれません。
もちろん、コメディー要素は随所に盛り込まれていますが、基本はカンフー活劇です。
作りとしても、見せ方が派手なだけで、中身はわりとガチガチのカンフー活劇ですね。

ストーリー的にもカンフー活劇向けの単純な筋書きですが、でも、個人的には主人公が「立ち直る」エピソードの描き方がすごく好きです。
少ないシーンで過不足なくきれいに描いたなと。

『カンフーハッスル』の一番の良さは、主人公が最後の最後まで最弱で、ほとんど脇役なところですね。
主人公が「まるで活躍しないダメ人間」というのが、このハチャメチャド派手映画のなかで、なんらかの安定感を与えているような、そんな気もします。
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by kude104 | 2005-02-02 19:05 | 映画