世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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自然災害に見る神の御心

スマトラ沖津波は神がもたらした――米国人の4分の1が信じ、日本人は信じない(ITmediaニュース)

まぁーたぶん、普段は無信心でも受験の前には合格祈願をするような、そんな感じだろうと思いますけど。
でも、4分の1ってかなり多いな。

ところで、こういった自然信仰的な宗教観というのは、日本人の方が馴染み深いような気がするんですけど、どうなんでしょう。
日本人の場合、大きな津波の発生を「海の神様がお怒りになった」と捉えることに、あまり抵抗がないと言いましょうか。
神様が理由もなく暴れることに、さしたる疑問を抱かないところがありますよね。
とにかく生け贄を捧げて怒りを静めてもらいましょう、みたいな。

もともと自然の脅威を神様として「具現化」したものだから、自然信仰的な宗教では、神様はわりと簡単にお暴れになる。
で、こっちとしても「またか」みたいなところがあります。

でも、キリスト教なんかの場合、神様って唯一絶対の存在ですよね。
それが「お暴れになった」と考えるのは、ぼくらの自然信仰的な宗教観と比べて、はるかに複雑なんじゃないだろうか。

基本的に絶対神は「常に正しい」わけですから、この津波を起こしたのは気まぐれなんかじゃなく、なんらかの意図を持ってということになります。
絶対神がなんらかの意図で災厄を発生させる場合、これはもう「罰」と考えるのが普通でしょう。

何に対する罰かはこの際置いておくとして、でも、この「罰」が大惨事とは言え、人類全体ではなく一部地域にのみ下されたのはなぜかと考えると、その地域の人間に対して下された罰だからと考えるのが自然でしょう。

基本的に「神の罰を受けるのは悪人である」と考えるなら、行きつくところは、このたびの被害者は「罰を受けるべくして受けた人々」というところになりはしまいか。

まぁ今回「津波は神がもたらした」と答えたひとびとは、きっとそんなふうには思っていなくて、単純に自然災害の脅威に神を見ただけだろうとは思いますが。
でも、絶対的な神様とこの世の不条理との折り合いを、彼らがどういうふうに付けているんだろうというのは、いつも不思議に思う事柄です。

「神の御心は計り知れない」で、納得できているのかなぁ。
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by kude104 | 2005-01-21 18:21 | 時事・社会