世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

神の善悪、人の善悪

ぼくなりに聖書を眺めていて感じるのは、神様にとっての善悪というのは、とどのつまりは、「自分を信仰するか否か」であるという気がする。

もし神様がいるとして終末の日に人類を救ってくれるなら、救うべき人間と罰するべき人間との選別は、その人が善人であるか悪人であるかによってなされるだろうと考える。
これは多分そうだろう。
で、ならば自分はさほど悪人ではないから、別に神様を信仰していなくったって救われるんじゃねーの?と考えてしまうのだけど、これが大きな勘違いで。
神様にとっての善人悪人の判断基準は、「自分を信仰するか否か」なのだと思う。

ぼくらが一般的に思い描く「善い行い」というものは、神様にしてみれば、神様を信仰し神様の言い付けを守って生活をしていれば、結果的にそうなるだけのものでしかない。
ここのところを、信仰を持たないぼくらは勘違いしてしまう。

通常、「神様の言い付け」はほぼ一般的な道徳基準に重なっているので、神様の善悪観と人間のそれとが同じであるように錯覚してしまう。
だから、たまに神様が異教徒を虐殺したりすると、ハテナ?と思ってしまうのだけど。
神様の善悪観を「自分を信仰するか否か」で理解すると、そうした違和感は解消される。

「異教徒だからといって殺すなんてひどい」と思うのは人間の善悪観。
「異教徒であることが最大の罪」というのが神様の善悪観だ。

そんな絶対君主的な神様、ぼくは好きになれないんだけど、「全力で従えば全力で幸福にしてくれる王様」というものに憧れる気持ちも分からなくはない。
[PR]
by kude104 | 2010-05-23 17:34