世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「日本の製品」を海外で売ることの意味は何なのか

ガラパゴス幻想を疑え - 雑種路線でいこう

日本のケータイが進化を止めたのは、「完成形に到達したから」という見方はどうだろう?

たしかにiPhoneはクールだけど、ふと思うのは、日本のモバイル事情で考えるなら、フルブラウザでPCサイトを見るよりケータイサイトのほうが最適化されていると思えるし、メールにしたってタッチパネルで入力するよりボタン入力の方が楽だろう。
それはやっぱり、日本は基本的に電車&徒歩移動であることと、日本語を扱うということ。
これが大きいんじゃないかと思う。
そうした使用状況に最適化させると、iPhoneじゃなくて日本のケータイがベストアンサーなんじゃないかと思える。
世界では確かにタッチパネルが先進でクールかも知れないけど、日本でもそうだとは限らないよな、と思う。

それだと日本は世界に取り残されるというけれど、そうだろうか。
たとえば、お箸をして「ガラパゴス」だなどとだれも論じない。
ナイフとフォークを使うべしとも言わないし、「海外でも通用するお箸を作れ」なんてことも言わない。
でも、これが「工業製品」となると、途端にガラパゴスガラパゴス言うよね。

単純に海外進出を果たすなら、海外で現地の製品を作って売ればいいだろう。
そうではなくて、「日本の製品」をわざわざ海外で売ることの意味は何なのか。
それはつまり、その製品が持つ「日本の文化」を海外で売ることなのじゃないだろうか。

日本のケータイを海外で売るということは、単にケータイ端末を売るということじゃない。
ケータイ文化を売るということだ。
そりゃ容易に売れなくて当然だよね、と思う。
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by kude104 | 2010-05-09 22:30 | PC&ネット