世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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『天体観測』の歌詞世界

『天体観測』の歌詞を分析するその1 - くりごはんが嫌い
『天体観測』の歌詞を分析するその2 - くりごはんが嫌い

すごく単純な――イメージそのまま、天体観測の情景を唄った歌だと思っていたので、そんなに解釈が『謎』とされているとは知らなかった。

ぼくとしては、歌詞の中に出てくる『君』は、素直に(昔の)友だちだと思うんだよね。
『君』を恋人としてイメージしたくなる気持ちも分かる。
星は恋人と観るほうがロマンチックだし、なにより、「手を握る」という行為が男同士だと気持悪いから。

でも、「震える手を握る」というのは、本当に手を握る行為というよりも、心と心の触れ合いとして「寄り添う」とか「支える」といったことのメタファーと解釈するべきだろう。
「ここで 今 君の手を 掴むためのメロディーフラッグ」の「掴む」なんかと同じだね。
と考えれば、別に男同士で手を握りあっても気持悪くはない。

なので、前半はそのまま。
友だちと二人で望遠鏡を担いで天体観測に行った、という歌だろう。
ただ、「深い闇」や「君の震える手」というのは、天体観測をするその場所が真っ暗で怖いという、そうした叙事描写であるとともに、友だちが何かしら心に不安や悩みを抱えていたという抒情描写にもなっているのだろうと思う。

きっと『僕』は、友だちが悩んでいることを察していて、なんとか力になってあげたいと思い、天体観測に誘ったんじゃないかな。
一緒に星を眺めながら、悩みを聞いてあげようと。
でも、果たせなかったわけだ。
それが『僕』の痛み――後悔になっている、と。

『予報外れの雨』というのも、実際に雨が降って天体観測を中止せざるを得なくなったという叙事に重ねて、友だちの「震え」が「予期せぬ雨」によってもたらされたものであるというメタファーと解釈できる。
PVで言えば、転校なんかは、子どもにとってはまさに『予期せぬ雨』ではないかな。
天候(転校)だけに・・・なーんちゃって。

『ほうき星』は、おそらくこれも叙事とメタファーとをあわせもったキーワードだろう。
実際にほうき星を観に行ったのと、「今」の象徴として。
きっと、普通の星じゃなくて『ほうき星』なのは、それが今日も明日も明後日も見られるものじゃなくて、「今」しか見られない刹那的なものだからだろう。
だったら『流れ星』でもいいじゃないかと思うけれど、「追いかける」には、周回軌道のほうき星でなければならないからこその『ほうき星』なんだろうね。

この『ほうき星』を追いかけているという表現を、歌詞の順に並べると、

君と二人追いかけていた
今も一人追いかけている
今も一人追いかけている
君と二人追いかけている

となる。
最初が「過去」であるのは明らかだ。
つまり、歌詞の構成として、「今も一人追いかけている」『僕』が、過去の「君と二人追いかけていた」ときのことを回想する形になっている。
実際に叙事的な意味で天体観測をしたのも、おそらく「君と二人追いかけていた」ときだけだろう。

で、歌詞の中で唄われているように、「今まで見つけたモノは全部覚えている」「そうして知った痛みが 未だに僕を支えている」わけだ。
だから、今は『僕』一人であっても(二分後に君が来なくとも)、思い出の中であの日のフミキリに戻れば、「君と二人追いかけている」ことになるわけだね。

実に「スタンド・バイ・ミー」的な歌詞世界だと思う。
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by kude104 | 2009-11-12 22:10