世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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世襲はないに越したことはない

解説委員室ブログ:NHKブログ | 時論公論 | 時論公論「議員世襲 制限は必要か」

原則論としては、世襲であろうがなかろうが、能力のあるなしで語ればよいということになる。
が、そうはいっても実際問題として、能力のあるなしとは別のところで当落が決まってしまう。
もし、有権者が候補者の能力をきちんと測って、それをもとに票を投じ、当落が決まるのであれば、世襲であろうが無かろうが大した問題にはならないだろう。
ということはつまり、世襲議員の問題というのは、「有権者は正しく候補者を選ぶことができません」という認識の上に生じる問題であるといえるのかもしれない。

だが、そもそも政治家に必要な資質や能力とは何だろう。
それらは選挙期間中に見極められるものだろうか?
また、それらの違いが、政治家としての活動成果の違いとして、どれだけ現れ得るものなのだろう。
つまり・・・概ね誰を選んでも大差ない、ということであるなら、世襲であろうとなかろうと大差ない、と言えるかもしれない。
あるいは、大差ないなら、世襲である弊害のほうが大きいと言えるのかもしれない。

あるいはもし、政治家に必要な資質や能力が、「地盤、看板、かばん」であるなら、世襲議員こそが正しい選択になるだろう。

考えてみれば、政治家に必要な資質や能力というものが不明のままに、われわれは民主主義政治というものを運用しているような気がする。
それらが不明であるために、優れた政治家になるための教育やトレーニングというものが確立しないままなのではなかろうか。
もしかしたら、それらは政治家を志す人々の間では自明であり確立しているのかもしれないけど、世間一般に知られるほどには至っていないだろう。
経営者にとってのMBAのような、あるいは英検何級みたいな、能力を示す分かりやすい「肩書」があると便利な気がする。

いっそ、選挙活動をバラエティ番組みたいにしてみるとか。
選挙区ごとに候補者を一堂に集めて、政治家常識クイズ対決とか、朝まで生討論とかやるの。
もちろん、その模様はテレビでお茶の間に届けます。
名前を連呼するだけの選挙活動などより、よっぽど一票を投じる参考になるだろう。
番組としても、けっこうスリリングで面白いと思うけどなー。


とまぁ、なんだかとりとめのない話になったけれど。
「世襲制限」というのは、現行の選挙システムの根本に不備があるのだけど、そちらは手直しできないので、とりあえず対処療法的に世襲だけ制限してはどうか、という話のように思える──と。
だからどうすりゃいいというアイデアもないのだけどね。

とりあえず、世襲制限はやってみてもいいとは思う。
少なくとも害はなかろう。
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by kude104 | 2009-05-11 22:20 | 時事・社会