世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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できない自分を認める

出来ない自分を認める人達|ヨコオタロウの日記

なぜ、できない自分を認める事で気持ちが楽になるのかをぼくなりに考えてみると。

ブログ主さんも書かれているように、「出来ない自分を認めると、気持ちが楽になる」という言葉の裏には、「なんで俺は出来ないんだろう!苦しい!」という状況がある。
では、なぜ苦しいのか?という点について、ブログ主さんは「周囲に謎のプレッシャーでもかけられているんだろうか?」と考えておられますが。

「なんで俺は出来ないんだろう!苦しい!」という言葉の裏をさらに読み解くと、そこには「俺ならできるはずだ!」という思いが隠れているように思う。
できるはずだと思うのにできないから苦しいのだ。

できるはずなのにできない。
なぜだ?
運が悪いから?
あいつが悪いから?
もしかして、本当は、俺が無能だからじゃないのか・・・?
いやいや! そんなはずはない!
俺はできるはずだ!
今回はたまたま運が悪かっただけだ!

できない自分を認めないということは、自分の能力不足ゆえにできない物事の理由が分からないということだ。
理由が変わらないから、何度やっても上手くいかない。
「俺はできるはず。なのにできない」という失敗を何度でも何度でも何度でも繰り返すことになる。
それはまさに、無間地獄。
苦しくなかろうはずがない。

そこでようやく、できない自分を認めることができたとしよう。
そうか、自分の能力値が足りていなかったんだと。
今までずっと「なぜダメなんだ、どうして出来ないんだ」と延々悩んできたけれど、なんだそんな簡単なことだったんだと。
分かってしまえば、いままであれだけ彷徨っていたのがウソのように、いともあっさりと無間地獄を抜け出すことができるので。
だから、楽になるのだろうと思う。

どうやって抜け出すか──諦めるのか、努力するのか、他人の助力を仰ぐのか──は、人それぞれで。
重要なのは抜け出す方法が「楽」かどうかではなく、いままでの堂々巡りが終わることにある。


もしくは、虚勢を張る必要がなくなるから、というパターンもあるだろう。

自分でも自分の能力不足は認識しているのだけど、相手にそう思われたくはないというケース。
思われたくないから、無理をするわけだ。
プライドの高い人に多いケースだね。

この場合「できない自分を認める」とは、「できない」と他人に評価されることを認める、ということだ。
認めてしまえば、虚勢を張る必要が無くなる。
ゆえに楽になる。

K-1のたとえで言うなら、本当は弱いのに「強い」と思わせるのは疲れる、ということだ。
八百長試合を組んだり、負けそうな試合はうまくスルーしたり、負けた時にはそれっぽい言い訳を用意したり、「いかにも強そうなやつ」を演じたり。
いつボロが出るかとびくびくしながら生きるのは、しんどいだろうと思う。


自己啓発っぽい話になってしまうけれど、結局はよくある「ありのままの自分を認める」という話になるのだろうなと思う。
自分を偽るとしんどいよと。
無意識に偽ると現実とのギャップに苦しむことになるし、意識的に偽ると偽ることにエネルギーを必要とするし。

でも、そうと分かっていても、なかなか偽ることをやめられないのが人間だよね。
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by kude104 | 2009-04-13 18:54